忍ぶ川 著者名:三浦哲郎(著)
出版社:新潮社
出版年:1965.04
ISBN :9784101135014
「幸福」、という言葉を聞くとどっかが痒くなって、
そんな遠い国の言葉は知りません、とはぐらかしたくなる。
事実、よくわからない。イメージがつかめない。
「幸福」とはなんぞや。
けれども、こんなぼくでも「忍ぶ川」を読んでいると、
ふわふわ宙に浮いた「幸福」が急にぐぐっと近づいてくるような感覚におちいる。
これって「幸福」なのかも知れないな、なんて。
簡単なお話で、志乃という女性と作者の馴れ初め、そして結婚にいたるまでが描かれている。
たんたんと当たり前のように、「恋愛」しているという感じではなくって、
二人とも胸の奥につっかえていた自らの過去を語り、お互いに受け入れていく。
「恋愛」という言葉より、「結婚」や「家族」といった方が、しっくりくる。
昭和の話であるから、二人きりでの密なつながりのみならず、
家族たちとの関係が形成されていく様が描かれているのもその傾向を強めているのだと思う。
そこのところ、私小説的側面が強いせいか、かなりリアルな展開。
男も女も抱える闇は深く深く根ざしているもので、昭和という舞台がなせる技なのか、
寄り添う姿からその切実さがひしひしと伝わってくる。
今の時代なら簡単に恋愛したり、遊びくれたり、いろんな逃げ場があるのかもしれない。
昔もあったのだろうけど、今のように開かれた社会の孤独感ではなくって、
そこは貧しさや共同体などの沢山の見えない壁に囲まれた閉鎖的空間。
今のぼくの勝手な想像の中では、
悲しみを逃がせるほどの余裕もないように、感じ取れる。
とにかくひっそり生きてきた二人。
とにかく謙虚なのだ。
喜びだってささやかなのだ。
おしん的昭和のお話で涙を誘うのは好きではないけど、
平成のゲームとかドラッグとかセックス(極端です)とか
浮ついてしまった人間の話よりはましである。
不思議で仕方なくなる。上記のとおり、簡単なお話。ただ男と女が結婚するだけ。
でも、単なるセンチメンタルな、あるいはテレビドラマ的陳腐なお話に
なってしまうことはなく、心が洗われるような清らかさがあふれている。
なんでだろう、と奥野健男の解説をちらちら見るとその理由のひとつを教えてくれた。
志乃が魅力的であるということ。
これは間違いないだろう。これも昭和的なんだろうけど、
本当にいい女。男の勝手な妄想かもしれないけど。
あと、言い得て妙は、三浦と同郷青森出身の太宰と比較し
「この作者は本質的に楽天家なの太宰の作品にある隠せぬ苦渋の色がない。それが救いであり、かつもの足りなさでもあるのだ。(p.329)」
ということ。まさしく言い当てている。
だからぼくにとって「幸福」というイメージを伴って「救い」ともなったのだろう。
いちおう年齢だけでも大人になってしまった今、
ぼくは太宰になれなくてもいい。
でも、「幸福」というおぼろげなイメージはどうしても捨てがたいのだ。
