プールサイド小景・静物 著者名:庄野潤三(著)
出版社:新潮社
出版年:1965.02
ISBN :9784101139012
またしても、第三の新人、読みました。
これも、村上春樹が『若い読者のための短編小説案内』(文春文庫)で取り上げていた、のがきっかけです。
まず、作家について一言言うと、庄野潤三の「静物」以降の作品は何がおもしろいのか正直わかりません。『夕べの雲』しか読んでいないのですが、それ以外の作品を本屋で立ち読みしてみても、ゆったりした幸せな家庭を描かれても、僕のような若者ではなくなってきた青年?にとっては面白くないわけで、将来読めばいいのかな、なんて思ってしまいます。
村上春樹がいう
「舞踏」と「プールサイド小景」といった初期の作品を初めて読んだ人はおそらく、
「この人 がそういう方向でこれからどんどん成熟して伸びていけば、ものすごい小説家に
なるんだろうな」と考えるのではないでしょうか。…(中略)…ところがそういう方向
にはいかない。(p.128)
「そういう方向」とは、身を削らなくてはならないような、目をそむけたくなる不安定で暗い方向だと思います。「舞踏」と「プールサイド小景」は家庭に潜む暗部に目を向けて、書かれた作品です。僕は、収録された作品の中では、「舞踏」が一番気に入りました。「静物」が文学史上に残る作品とはなんとなくは理解できるけれども、やはりそうでした。
家庭の危機というものは、台所の天窓にへばりついている矢守のようなものだ。
それは何時からということなしに、そこにいる。(p.9)
と警句じみたはじまりから夫婦の深い断絶が描きだされています。主人公の男は若い女にかまけていたのです。妻は夫婦であるんだけれど、孤独感にさいなまれます。辛い話です。そんな人間の罪ある業ともいえる性格を見つめたところがいいんです。
そして最後がなんとも言えなく良い。泣きくれた次の日に、妻は、巴里祭の日ということで、豪華に祝い、踊る。
「ダンスをしませんか?」
「ウィ、マダム」 (p.42)
こういう本を読んでいると、自分が結婚して、子供ができても、女を作ってしまうような気がして仕方ない。
主人公は男は最低です。でも、最低な男として、罪を背負って生活する感じがわかってしまう。なんだかねぇ。
そんなあとに「静物」をよむと救われるというか、恢復してゆくような気がした。子供は偉大なのだ。
人に説明するはずのブログながら、いつものことながら、あんまりうまく説明できなかったなぁ。
