牙人 著者名:手塚治虫(著)
出版社:秋田書店
出版年:1999.11
ISBN :9784253174770
本書は、アフリカまたは野生の動物を取り上げた手塚作品を集めたもの。
アマゾンでピューマに育てられた少年の人間社会における活躍を描く「牙人」。
古代遺跡で生きる美しい野人アーリイと
人間社会で生きるチェンとの幻想的な交わりを描いた「さらばアーリイ」。
そしてもう一つ「大地の顔役バギ」が収録されている。
人間に母を殺され、復讐に生きるジャガーのバギと
かけられた懸賞金を狙って、ジャガーを執拗に追いかけるマリオ。
お互いの命を狙いあうのだが、その争いの中で、
二人(一人と一匹)の間に友情に似た感情が生まれてくる。
そんな話。
(遅くなりましたが)帯には
「文明という名のもとに、忘れられたものとは!?世の光と影を巨匠が描く。異彩のヒューマンメッセージ」
と書かれています。まさにその通りで、文明から離れ純粋そのままに生きる人間や動物を描くことで、時に非情で残虐な人間の影の部分を、目をそむけたくなるような鮮明さをもって、あぶりだしていきます。
ぼくは、これまでも手塚の作品に関して、まっすぐなヒューマニズムと表現することがありましたが、この作品においては解説の中島が指摘するように、ヒューマニズムに対して率直に、異を唱えています。例えば、手塚は「大地の顔役バギ」で殺されるバギの母の口を借りて、人間の持つ残忍な側面を、厳しく断罪しています。
人間という生きものは何の役にも立たないわるいものなのよ
私たちがしあわせにたのしくくらしているのを なさけも
ようしゃもなく殺しまわって自分たちのものにしてしまう生きものなのよ(p.145)
人間は自然に生きる動物や植物などの生きものを、自分たちの都合で破壊してしまいます。
(今となっては少々図式的ともいえますが)文明と文明以前の対照的な姿を映し出すことで、手塚は、そうした「人間」を痛烈に批判しているのです。
ただし、これはヒューマニズム=人間中心主義の批判であって、いわゆるhumanismに反するものではありません。むしろ手塚の作品は、人間を真に「人間」たらしめている本性としての「人間」性とはいかなるものか?と、「人間」という枠組みに囚われてしまったわれわれに対して、再度切実な問いを提示しているかのようです。つまり本当のヒューマニズム(そんなものが先験的に存在しているかは知りませんが)を強く強く希求しているのではないでしょうか。とても優しいヒューマニズムを。
バギとほのかな友情を通わすマリオは、傷を負った際に助けられた老人に、中国人か日本人なのか問われ、答えました。
「おい若えの…お前日本人か中国人か」
「おれは人間だ」(p.180)
これだけ読むと人間と動物、文明と自然、などがとっても大きなテーマになっているようですが、物語に散りばめられている友情や恋も素敵な描かれ方をしています。
とにかくぐぐっと胸に迫る作品たちです。
