感光生活 著者名:小池昌代(著)
出版社:筑摩書房
出版年:2007.11
ISBN :9784480423955
他の人とは、とにかくわからないものである。
急に、意図せぬ形で、目の前に現れる。
だからぼくは不安になって、
無理やりこれまでの経験から作り出したカテゴリーにあてはめようとする。
質問をして、必死に解釈して、「〜系」とか「あの人に似てる」とか。
そうしてようやく心を落ち着かせることができる。
しかし、この作品を読んでいると、他者からの不安が拭えない。
描かれる人々は、ある時は動物にたとえられ、モノや植物を思い出させる。
けっして表情豊かな、顔のある人間ではなく。
最初の短編に登場するハヤシバさん
(カタカナってのもわからなさを助長してるけど)が、わかりやすい。
彼は、突然呼び鈴をならす。それも「けたたましく」、そして「権力的に」。
ハヤシバさんの表情及び言葉は、とても不穏でまた薄気味悪い。
意味のない「満面の笑み」をたたえながら、
菓子折りやわけのわからない鍋をおしつけてくるのだ。
「石」のようなものかもしれない、とおもったのは、
「石を愛でる人」を読んだ感想。
石とわたしは、どこまでも混ざりあわない。あくまでも石は石。わたしはわたしである。石の中へわたしは入れず、石もわたしに、侵入してこない。(p.68)
だけれども、人間には、言葉がある。
通じているかはわからないけれども、コミュニケーションをしている気にはなれる。
「他人」もいつの間にか同じ「人」のようになる。
結局、そうやって人に魅かれていくのだろう。
もちろんその言葉の行き交いこそが、
人間関係という疲労感をあたえるのだろうけど。
本作も、なぜかほのかに恋心のようなものが存在する。
「カバン」や「猛禽類」に見えた人も、
知らぬ間に、愛しさをくすぐってくる。
先ほどの「石を愛でる人」の引用の続きはこうだ。
その無機質で冷たい関係が、かえってわたしに、不思議な安らぎをあたえてくれる。(p.69)
劇的なエピソードとか、気持ちを通わせる会話とかで、
登場人物にフォルムを与えていくのでもない。
抽象的な存在が現われて、
不安なのだけども、魅かれてしまう、そんなお話ばかり。
詩人の彼女の感性は、ぼくには少々難しくもあるのだろうけど、
これから読んでいきたい作家だな、と思ったのでした。

この作品に始終漂う不安を、とても心地よく思ってしまったのを、
3年経った今でもよく覚えています。
それは、わたし自身がどこか歪んでいるせいなのかもしれないし、
深いところまで人を踏み込ませない部分があるからなのかもしれないけれど。
でも、そんな自分を気づかせる作品との出会いは、間違いなく格別で、
読書人としての至福の時間を持てる喜びを強く強く感じるのでした。
もう三年もたつのですかぁ。
これから他の作品を楽しめると考えると嬉しいです。
異物感に襲われるようで、心地よくって、
とてもいい作品だと思いました。
読みやすいですしね。
いつか詩も読んでみます。