2008年05月22日

井上靖『愛 改版』(角川文庫)


愛 改版
著者名:井上靖(著)
出版社:角川書店
出版年:2008.04
ISBN :9784041216385


いつも通り本屋をねり歩いていると、新刊棚にあった渋い作家の名前が、目にとまった。
名前は知っているけど、ぼくの苦手な歴史ものを書く作家だから、
疎遠だったけれど、薄っぺらいし、歴史ものでもないようだから、
買ってみた。

面白い…。というか大変感動してしまった。

『愛』という本の題名は、最初からつけられていたものではなく、
彼の「愛」にまつわる小品をまとめたものが本書。
「結婚記念日」、「石庭」、「死と恋と波と」の三篇。

特に「結婚記念日」がいい。

妻を失ってから、再婚の話を持ちかけられる主人公は、
なかなか頷くことができない。
それは、妻に対する静かな思いがあったからだった。

おそらく自分は今後何年経っても、新しく妻を迎えるという気持ちにならないのではないかと思っている。それは亡き妻の加奈子に対する愛情のようなものである。愛情のようなものというのは、彼自身はっきりと愛情だとは思いきれぬふしがあるからである。実際考えてみると、加奈子との五年ばかりの生活を振り返って、自分は対して加奈子を愛していたとは思わない。(p.9)


こんな始まりだ。

そして彼は、今亡き妻との旅行を思い出す…

愛情は、ドラマや映画のように常に燃えたぎっているようなものでもない。
夫婦ともなれば、尚更だ。いや、当然だ。

そんな夫婦の静かな、そして秘かな思いに触れたとき、
ジーンときた。

ジーン

ふと、人を愛しくなるような気持ち。
それは一緒に星を眺めているようなロマンチックな場面でもいいのだろうけど、、
惨めで悲惨な時でも感じ得るものなのかな、とも思う。
心の根深い見えないところから、滲み出てくるような感情を。

ぼくはどうしてこうも昭和の設定に弱いのだろうなぁ。
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2008年05月17日

石田衣良『スローグッドバイ』(集英社文庫)


スローグッドバイ
著者名:石田衣良(著)
出版社:集英社
出版年:2005.05
ISBN :9784087478167


爽やかそうな表紙につられて、避けに避けていた石田衣良に初挑戦。
この人は、『池袋〜』シリーズで人気を博していたのも知っているし、
恐ろしいほどテレビ露出度が高い作家さん。不思議だが。
見かけも無難であるし、小難しいこと言わない、不思議なしゃべり方は、
興味深かったりする。

しかし、代表作などのドラマの原作に使われてしまう作品群を眺めていて、
読む気はしなかった。けれども、恋愛もので、
短編なら読めるでしょう、ってことで本作を手に取る。

予想通り、怖いくらいの軽くてふわふわした作品。
性的に奔放な女性や、失恋に苦しむ女性や、
心通わすコールガールや、チャットで知り合った女性とか
扱われている素材だったり、感覚は、普通というか現代の中でも、
落ち着きいいものばかりで、違和感なく、戸惑いなく読めた。

本人曰く
ちょっと甘口でいいから、読み終わったあとで心地よい酔いを残すようなラブストーリーにしたいな
とのこと。
読んでみると、この趣旨も理解できます。

表題作である「スローグッドバイ」が一番リアリティがあって、
爽快でスッキリとした読後感だった。

上手に別れること…
それは、「発展的かつ爽やかな恋愛関係の解消」であって、
具体的には「さよならデート」でバイバイをすること。

意図的であるかどうかは定かではないけれど、
心理描写を省き、横浜の休日デートという爽やかな空気感をそのまま描くだけで、
読み手の想像を刺激して、ちょっぴり切なさを誘う。
セックスも喧嘩もなくて、暗い要素は見当たらない。
後に待ち受けるは、さよなら。
笑顔の涙じゃないけれど、爽やかな涙はやっぱりじんわりくるもんだ。
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2008年05月11日

吉田修一『7月24日通り』(新潮文庫)


7月24日通り
著者名:吉田修一(著)
出版社:新潮社
出版年:2007.05
ISBN :9784101287539


季節的な仕事の忙しさやら、プライベートの混雑もあいまって、
かなりブログの更新が滞っていたので、とりあえず更新するために、
ふんわり軽い小説をがつがつ早食いしてきました。
実際はちょこちょこ読んでいたのだけど、ぐったりしてたもので。

吉田修一は、『パークライフ』で芥川賞を受賞していて、
作品発表時に友人と一緒に読んだことがある。
全く話の筋を思い出せないのだが、日比谷公園を人の体になぞらえていて、
面白い視点だなぁ、と感じた記憶がある。

本書は、よりエンターテイメント色が強くなっている恋愛小説であるが、
主人公の小百合が自分の住む街を、ポルトガルのリスボンになぞらえて生活している、
という設定は面白かった。
実生活でそんなことしているんだったら、さぞ辛い人生なのだな、と想像しがちだけど、
そんなことはなくって、映画「アメリ」の主人公が、数多くの小さな妄想に浸っていたように、
生活を少しだけどハッピーにしてくれる妄想。

彼にとって物語が進行する場所がどのように機能しているのかは、よくわからないけど、
自分のいる場所を俯瞰して、自分のものしてしまうことは、
新たな世界の認識であるのだと思う。
どこにでもある地方の街並みを、リスボンという果てしなく遠い場所
(作中でも主人公は実際にリスボンに行こうとはしていない)、
つまり文字通りのユートピアなんだろうけど、それに置き換えることで、
自分という存在も含めて、街が大きな物語というか美しさに包まれるというような。
なにがいいたいのか、よくわからなくなってきたけど、こういうのは個人的に好きってこと。

平凡なOLを主人公にしているってのもみそなのかな、と思う。
そしてその冴えない女性の少し踏み切った恋愛小説だし、
重たい小説とか、読まない人でも気軽に共感できるんだろうな。
すなわちぼくは共感できない、ということを意味しているんだけれども。

でも、恋愛、という主題は、すごくってどんな人にでも無理やり自分に取り込めるような
いいテーマだから、主人公のモテない思春期の話やら、初体験やら、憧れの先輩やら
ありきたりというか普遍的なエピソードがちりばめられていて、退屈はしない。
しかしぼくには全く当てはまらなかったんだけれども。

唯一、重苦しい断片である、安藤と亜希子という夫婦が離婚に至る話なんかが、
もう少し掘り下げてもらいたかったように感じたが、そんなことしたら、
話の筋がおかしくなってしまわなくもない。

あと、地方出身のぼくとしては、東京に出た憧れの先輩の話とか、地方に居座った主人公の
感覚が興味深かった。今考えてみると、昔の自分を乗り越えようとしているとか、
昔話ばかりしてしまうとか…。
故郷というのは、どうしてもその人間を形作るうえでのバックボーンというか原風景になりますからね。
まぁでも、ぼくの故郷の偉人の言葉を借りるなら、ふるさとは語ることなし、です。
ちなみに坂口安吾ですが…。

総じて物語自体は、そんなに「胸キュン」するような話でもないし、
深い教訓が秘められているわけでもないけど、スラスラ読めてしまいます。
だろうから、今読んだんだけどさ。
実際、二時間くらい?の感覚ですぐさま読めてしまったし。
というかこれは映画化されたらしいけど、
映画にした方いいとはおもう。そんな軽い感じの読み物です。

また無駄な辛めの感想になってしまいましたが、
吉田修一は、この不作な現代の文学界で頑張っている人なのでしょうから
もう少し読んでみるかな。
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2008年04月16日

遠藤周作『砂の城』(新潮文庫)


砂の城
著者名:遠藤周作(著)
出版社:新潮社
出版年:1979.12
ISBN :9784101123127


これまた青春もの。
ある女の子が成長していって、その周りの人々もそれぞれの道を歩いて行く。
それぞれが自分の道を信じて、頑張るんだけれども、
一番仲のよかった女友達は、恋愛に突っ走って、
いつの間にやら塀の中。
ほのかな恋心を抱いた男性は、ある思想に染まって
その活動に必死。

ちなみに、砕いて書いているから、ゆるゆるだけど、
遠藤周作だから軽い小説でも、真面目でしっかりとした話。

本題「砂の城」は、主人公が、友人たちと観た海外線の風景。
まだ大学生で、舞台である長崎から離れるとはつゆも考えていなかったが、
これからの彼らの青春を表すのが、「砂の城」。
崩れるとは分かっていても、必死に砂をかき集めて築くもの。
城という、一つの立派な理想を実現するために。

帯には、わかりやすいキャッチフレーズ。

憧れは裏切られ
理想は傷つけられる
それでも人は生きてゆく


はて。青春とはそのようなものなのか
個人的なことだけど、最近友人に
「若いころからその落ち着きだったんでしょ?青春なさそうだよね。」
といわれ、
「ちゃんとありました」
と答えた。

だけど、ここで言ったぼくの青春とは、不毛な遊びに精を出していた、という意味。
憧れに向かって、理想に燃えて、汗かいたかと言われれば、
むしろ冷ややかであったわけで、友人の言葉もあながち間違いでなかったわけだ。

本当は、本作の登場人物のように、理想に燃えて、
もがいて苦しんだ姿こそ、素敵なはずで。
青春だよな、とか思う。

なんだか、太宰の言葉を思い出す。
大人とは裏切られた青年の姿である
(正確でないかもしれないし、出典は記憶なし)とかいってたよな。

主人公の心の中では、亡き母のいっていた
「美しいものと、けだかいものへの憧れだけは失わないでほしいの」(p.49)

という言葉が、常に響いていて、その通り生きている。

美しいものとか、けだかいもの、とか
今の時代じゃあ、気恥ずかしい響きをもつもの
かもしれないし、自己満足だったり、
美しいという基準さえあやふやだったりするけれど、
そういう志をもってて悪くはないな、とか思う。

なんか疲れているせいか、思ったことの羅列になってるなぁ。
でも、それくらい色んなことを自分に照り返して考えてしまうような本なのです。
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2008年04月10日

宮本輝『私たちが好きだったこと』(新潮文庫)


私たちが好きだったこと
著者名:宮本輝(著)
出版社:新潮社
出版年:1998.11
ISBN :9784101307121


ひょんなことから、男二人と女二人の共同生活が始まる。
それぞれの個性を保ちながら、相手を思いやりながら、
かけがいのない時間が流れていく。

四人とも、他人を思いやる傾向が強く、
いつの間にか、経済的だったはずの共同生活は、
他人を助けるための借金だらけのものとなっていた。

もちろん男と女だから、すったもんだで、
くっついて離れるわけで、そんなどこか既視感を覚えてしまう物語。
民放のドラマでやっていそうな。

ただし、ささいな嫉妬が大きく膨らんでしまったり、
借金や仕事での苛立ちが恋人に対する態度に出てしまったり、
リアルな感覚があったり、
妙に残る一言があったり、400頁近い長編であるが、
会話を中心とした文章だから読みやすいこともあって、
苦痛になることはなかった。

ロバという登場人物が、恋人の浮気に直面していっていたこと

何かの映画のセリフに、時は、解決してくれるんじゃない。時は、忘れさせてくれるんだってのがあったけど、俺は、時ってのは、忘れさせてくれる力を持つと同時に、やっぱり、何かを解決する力を持ってるって思うんだ(p.259)


そうだよね。時って忘れさせて、解決もしてくれるよね、とおもいながら、
彼らの甘酸っぱい青春劇を読んでいました。
青春って言葉は気恥ずかしいし、いい話なわけでもないが、
やっぱり自分に重ね合わせて何か考えてしまうなにかです。
男女四人の共同生活なんてあまりに現実離れしているけど、
まぁ、悪くもないかと思うのでした。
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2008年04月06日

黒井千次『日の砦』(講談社文庫)


日の砦
著者名:黒井千次(著)
出版社:講談社
出版年:2008.03
ISBN :9784062759984


日常に潜む不安、この一言に尽きるんだろうけど、
じゃぁ、こうしたテーマがすごいのか、あるいはおもしろいのか、
といえば、個人的には、よくわからない。

しかも問題が複雑なのは、本作の解説を書いているのが、小池昌代なのだが、
以前取り上げた『感光生活』はよくって、こっちはダメかってっていうと、
そうではなくって、さすが昔から活躍している作家だ、と感じさせる筆力は、
あるから、どうして、いまいちというか、すごい、と感じることができなかったのか
考えるとわからなくなってくる。

退職したばかりの男、とその妻と娘、結婚した息子、というよくある平凡な家族が
主題で、その平凡な一家の日常を言い知れぬ不安感とともに描ききった連作短編集である。

偶然乗ったタクシーの運転手との些細な会話。
腰を痛めて、妻の勧めでいったマッサージ師との会話。
どれも特別でもない、よくある風景なのだが、
ともすれば、なにか不吉が起きそうな奇妙な現実。

ただ、連作短編という性格もあってか、物語性があまりないものだから、
物足りなく感じてしまったのかもしれない。
エッセーならそれでもいいのだろう。
しかし、短編であろうが、やはり物語性を求めてしまうのであろうか。

実は、例の如く、黒井さんの本は初めてなので、
もっと他の作品を当たってみなくてはならないのであろうな。
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2008年03月28日

立原正秋『春のいそぎ』(講談社文庫)


春のいそぎ
著者名:立原正秋(著)
出版社:講談社
出版年:2006.04
ISBN :9784062753739


桜が咲き始めた。
もう来週になってしまえば、花びらは舞って、
そして散ってしまうのだろう。
たかが一週間ほどしか楽しめそうにもない。
桜ってなんでこうも散るのが早いのか。

でもこのたかが一週間を結構楽しみにしていたのも事実で、
つぼみが膨らみだしてからは、既に散った後の寂しさがよぎる。
でもぼくが一番思ったのは、寂しさでもなく、儚さでもない。
不毛さ、というような、徒労にも似た感じ。

偶然手にした本書では、春を迎えるところで話が閉じる。
題名である「春のいそぎ」とは、春の支度という意味。
具体的に本作では、捕らわれた滅亡意識からの脱却、そして新たなる出発を意味している。

話の中心は、敗戦とともに自害した父親の姿と滅亡のイメージが結びつき、
知らぬ間に下降線を描くような、不毛な愛に落ちていく一家の話。

「生きることも死ぬこともできない」ようながんじがらめの関係に引きずられ、
滅亡へと緩やかに足は向けられていく。

少々、テーマの重さに対して、心理描写などが軽すぎる感もあるけれど、
だからこそ、よどみなくすらすらと読み進めることができた。
ぼくが生まれた年に亡くなった作家であるが、
そのような古臭さはあまり感じることはなかった。

しかしそれにしても、この読書そのものが不毛ではないか、と苦笑してしまう。
こんな古く、著しく有名でもない作家の本を、読んでいるなんて。

春の陽気に誘われたい。春のいそぎを始めなくてはならない。
桜は慰めてくれるわけではないけれど、また見に行こう。
ゆっくり包まれてみよう。
不毛かもしれない自然のサイクルの強さや頼もしさを見てみよう。
とか柄にもなく外へ出たくなる。
春の陽気だよな。
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2008年03月23日

吉行淳之介『宮城まり子が選ぶ吉行淳之介短編集』(ポプラ社)


宮城まり子が選ぶ吉行淳之介短編集
著者名:吉行淳之介(著)
     宮城まり子(編集)
出版社:ポプラ社
出版年:2007.07
ISBN :9784591097854


ここんところ、吉行淳之介が好きなのか、それとも宮城まり子が好きなのか、
わからなくなってきていたのだが、まさにその二つの気持ちをかなえてくれる本が、
ありましたので、手にしてみました。

宮城さんの序文がついていて、彼女の編集のもと、吉行の代表的な短編が編まれている。
短編は大体読んであったので、やはり引き込まれたのは、宮城の序文。

しつこいようだけど、彼女の文章は、天才的というか奇跡的ともいうべき素晴らしさで、
すぐさま彼女の気持ちが読者であるぼくを包みこんでしまった。

著作権やらよく知らないけど、問題かもしれないが、
すばらしすぎるので引用させてもらいます。

(…中略…)これは、本当に夢のような話だけれど、私、私が、選んで、これを読んでくださいっていいたくていいたくてがまんして、それが、夢が本当になって、ここに一冊出来ます。ただ、愛しているから、ただ、愛の表現がこれ。この御本、誰が、なんてったって、これ、あなたへの愛のかたまり。

なんですか、これ、って突っ込みたくなるくらい素敵な言葉たちです。
泣けます、これ。しびれます、びりびりと。いや今もしびれております。正直なところ。

宮城について書くのは脱線であるし、少々気違いじみてくるので、
初めて読んだ短編について少々。

「手品師」は、作家である倉田が偶然出会った少年の淡い青春の恋について。
手品をしている少年は、英子というバーにいる少女に恋をしている。
礼儀正しく好青年であるのだが、少年ぽさも抜けず、童貞だ。
しかし、恋した英子は、既に「赭ら顔の禿げた頭の男」と関係を結んでいたのだった…
切ない話。純粋な少年と、見かけは少女でも既に大人の女の話だから
結末は見えているのだけど、こういう苦い感じ、切ないです。

「紫陽花」とか「菓子祭」もいい作品で、「寝台の舟」、「鳥獣虫魚」など盛りだくさん。
真赤な装丁もいいし、入門にはとてもいいのだろうな、と思いました。
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2008年03月22日

江國香織『赤い長靴』(文春文庫)


赤い長靴
著者名:江國香織(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2008.03
ISBN :9784167748012


江國さんの本は、薦められて何冊か読んでいる。
女性の作家では、珍しくしっくりくる。
例えば、けっこう好んで読んでいる川上弘美は、好きだけど、
しっくりというか、心地よい違和感だったりするのだが、
江國さんは、しっくりくるのだ。

原因は明白だ。
男の描き方である。江國さんの描く男には、共感というか
感情移入がしやすいのだ。
よく取り上げている吉本ばななについては、そこんとこがいつも不満で、
小池徹平というか香取信吾というか、うぶで純粋で明るい、
現実離れした男が登場するのだから、少々うんざりしているところもあった。
(もちろん男性作家の都合のいい女性像もそういうとこあるのだろうけど)

他方、江國さんは、そこのところ、経験豊富なのか、感受性が高いのか、
かなりリアリティのある男性を描く。
夫婦をテーマにした本作も例外ではなくって、
夫の逍三の聞いてないような話の聞き方や、
心のこもっていない相槌だとか、すごくわかる気がした。
妻の日和子の会話加減やら、逍三に対する注意もかなり本質的。

だからなんだって、話だけど、そうした基本的な設定のリアリティが、
小説の説得力や奥深さにつながるのではないか、などと考えたりする。

本書の帯には「二人のなのに一人ぼっち。」とある。
つまり夫婦の言い得ぬ距離感や言い得ぬ空気感をうまく連作短編集としてまとめたもの。

夫婦の場所、である自宅から出ると不安になってくる。居心地がなんだか悪い。
でも、二人でいても心が通じ合うわけでもない。燃えたぎるような情熱も存在しない。
ただ二人がいるだけ。二人でいなかったとき、一人のときは自分はどうしていたのだろう、
と遠い記憶を引っ張り出そうとするのだけど、なんだかわからなくなっている。

結局、夫婦ってなんですか?とか答えを出しているわけでもない。
日々の中で漂っている思いや空気を描くだけ。
わかれることなんてもちろんないし、不倫だってしたりしないだろう。

でもそれこそが答えのかもしれない、とかも思う。
もちろん結婚してないから知らないけど。

個人的には、日和子は良い奥さんだなぁ、などと、考えてしまう。
死人のような逍三とくすくす微笑みながら一緒にいてくれるんだから。
でも日和子が感じているような、重くはないけどじわじわとくる悲しみは、
あまり抱かせたくないよなぁ、とか思ったりもする。
でもそんなことには鈍感になっている逍三の姿を見ると、
よくわからなくなってくるのでした。
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2008年03月17日

石川達三『四十八歳の抵抗 改版』(新潮文庫)


四十八歳の抵抗 改版
著者名:石川達三(著)
出版社:新潮社
出版年:2008.02
ISBN :9784101015149


また新潮社の復刊ものの一つ。
昭和31年という想像もできないほど遠い昔の物語。

バブルさえ実感できなかったぼくのような人間でも、
共感できるような読みやすさがあって、
現代でも60歳くらいの人が読んだら、
引き込まれてしまうのではないかと思う。

題名からも、その作品の渋さがひしひしと伝わるのであるが、
その通りで、平凡な保険会社のサラリーマンの西村が主人公。
「平凡」であるどころか、平板すぎて、会社の外での行動は、
不器用だったり、幼稚だったりで、
よくいる何もできないサラリーマン、といった感じ。
(もちろんそう言うぼく自身がそうなっていることも知っている。)

その昭和のTHEサラリーマンとも言うべき西村が、
自分の娘ほどの年齢の少女に、恋い焦がれ、
緩慢で怠惰な生活から飛び出そうとする、という
サラリーマン冒険記である。

ゲーテの『ファウスト』をなぞっていて、老いたファウスト博士ならぬ西村が、
マルガレーテである少女に胸を掻き毟るような思いをしているのだが、
結局のところ、それは老いへの平凡へのささやかな抵抗であって、
頑として存在する現実を乗り越えることは、難しい。

待っていたけれど、「時間よ、止まれ!」などという、場面は訪れるはずもなく、
年甲斐もなく、老年の男の瞳からは、ただ涙が流れるのだった。

サラリーマンが主人公だろうと、年のかけ離れたオジサンが主人公であろうと、
平凡な男の、哀しい負け戦は、ぼくにとっては、心に刺さるテーマである。
そしてまた現実に対する抵抗が、必死であればある程、切ない気持になってくる。
少なからずわからなくないから。

もっと観念的であったり、哲学的であるかな、と読んでいたけど、
ただ、男とは単純ないきものなのだなぁ、とありがちな感想を抱いたのでした。
posted by より at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 石川達三